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タイ古式流派スタイル解説
 
 
タイ古式マッサージの流派は大きく2つに分けられると言われている。タイの2大都市であるバンコクスタイルとチェンマイスタイルの2つがそうだ。でも本当にそうなのだろうか?
 
確かに、そのように分類されて世界各地でスクールが存在している。しかし、それはここ最近の話に過ぎない。多くのタイ古式マッサージフリークが勘違いしているのは、太古の昔からそのように2つに分かれて発展してきたかのように思っている点だ。
 

実際のところ、バンコクスタイルの中心は、バンコクのワットポータイマッサージスクール。チェンマイスタイルの中心はチェンマイのオールドメディシンホスピタルというスクールなのだが、この2つの学校の取り組みが、現在のタイ古式マッサージの2大流派として知られる元となっている。これらのスクールの取り組みが、タイ古式マッサージ業界の成長に大きく貢献した事実は疑いもない事実であるが、2大流派の誕生は、20世紀に入ってからの出来事であって、太古の昔から2つに分かれて発展してきたわけではない。

 
いずれにしても、この業界では勘違いが多い。リフレクソロジーも、本来は反射区療法(ゾーンセラピー)を指し示す言葉であって、決してフットマッサージのことを指した単語ではない。形のないセラピーだからこそ、イメージが先行して言葉の意味自体が変わっていくのだ。
 
そして現在、タイ古式マッサージも、いくつもの形に細分化され、どんどん進化を遂げている。ヨガにも流派があるように、考え方の違いから新しいテクニックが生まれ、全体の構成が変わっていく。そうなることで、クライアントにもたらす結果や効果も少しずつ変わっていく。これが流派に細分化される流れである。そもそもタイ古式マッサージの長い歴史を見ても、それは弟子から弟子へと伝承的に伝わってきた施術法で、その過程で新たなテクニックが生まれ体系づけられてきたものなので、タイ古式マッサージがこれだ!と固定的な概念で考えることは進化を止めることにつながる。
 
 

○バンコクスタイル(ワットポー式)

バンコクにあるワットポー(ポー寺)がタイ古式マッサージの総本山として知られているが、現在のワットポータイマッサージスクールは、ワットポー(ポー寺)に隣接する私立のタイマッサージスクールに過ぎない。ワットポー(ポー寺)に伝えられた古いマッサージそのものではなく、1991年にワットポーのプリーダ理事長が18人の講師と共に開発した比較的新しいスタイルなのだ。だからタイ人の中では、ワットポーのプリーダ理事長はビジネスが上手な人としてちまたで知られている。
 
では何故ワットポーがタイ古式マッサージの総本山なのか?ワットポーは、1788年、ラーマ1世によって建 てられたバンコク最古の寺院で、正式名称は、『ワット・プラ・ チェートゥ・ポン・ラーチャ・ ワ・ララーム』という。ラーマ1世は、当時、寺の医者や、民間の医者を集めて、タイハーブやタイ伝医学の知識を集め、この壁に刻ませたのだ。また、ラーマ1世はワットポーの境内にルーシーダットン像を土で作らせ金箔を貼り付けたが、このルーシーダットン像は現存せず、いくつのルーシーダットン像が作られたのかは不明だ。このあたりが、どうも総本山という表現になっていったようだ。特に全長46m、高さ15mの巨大な腕枕して寝転がってる仏像が有名でタイ旅行では定番の観光名所にもなっているが、境内にはタイ国王の墓がある皇室系の由緒正しいお寺なのだ。
 
ワット・ポー伝統医学学校が寺院内に設立されたのが、1957年。しかし、タイマッサージを教えるスクールとしての環境は整っていなかった。4年後の1961年、プミポン国王がワットポーを訪問した際に、「タイマッサージは教えていないのか?」という一声から、ワットポーでタイマッサージを広く一般の人々に教えるようになった。ワットポータイ伝統医学校の経営はもともと赤字続きで、当時はタイマッサージの風俗的なイメージをぬぐいきれなかったために、あまり生徒は集まらなかったようだ。今でも、タイ伝統医学校とタイマッサージ学校は別の枠組みなのである。
 
タイ伝統医学的な厳格なタイマッサージから脱皮して、タイマッサージを単純で、平易で、覚え易くしたワットポータイマッサージスクールの試みが、バカ受け。オリエンタルブームに乗って外国人に人気を博した。それ以後たくさんのワットポー式セラピストを排出したことこそが、「タイ式マッサージ=ワットポー」と言われるようになった所以なのだ。ちなみに、ワットポー・スクンビット校は、もっと歴史が浅い。当時IKDという旅行会社を経営していた松永玲子女史が、ビジネス的な感覚で1998年にスタートさせた。松永氏のご主人はタイ人でワットポータイマッサージスクールの経営者と友達関係であったために、ワットポーのプリーダ理事長に話をつけ、本校から講師派遣をとりつけることができたのだ。
 
もうひとつ、日本においては、『微笑みの国からの贈り物(大槻 一博著)』という本の存在によるところが大きい。この本はタイマッサージがやっと知られるようになった頃に発売された本で、タイマッサージに関する情報が不足していた頃だったせいか、タイマッサージに興味を持った人がこぞって買った有名な本だ。(現在も売られているので興味のある方は買ってみてください。)その中でワットポータイマッサージスクールをカリスマ化して表現したのだ。
 
それから、タイ古式マッサージの業界団体であるNPO法人日本トラディショナルタイマッサージ協会(通称:TTMA)のホームページにも南と北の2大流派についての記載がある。この内容を受け売りして個人のタイ古式マッサージ関係のホームページにも次々に引用されていった事実もある。これは決して間違いではないが、ここまで大きな産業として成長したタイ古式マッサージなのだから、正しい事実をきちんと認識しておく必要がある。
 
宮廷の中で育ったタイ伝統医学の影響を受けたバンコクスタイルは、チェンマイスタイルと比べると、タイ王宮スタイルに近いイメージというか、日本の指圧に近いスタイルだ。
 
 
○チェンマイスタイル
タイ北部の代表的な都市はチェンマイである。タイ北部には、ランナー地方と言うエリアがある。ランナー出身で、ランナーのマッサージを学んだとされる故シントン・チャイチャカン氏が、1957年ワットポーの伝統医学校で研修をうけ、1961年まで教鞭をとった後、チェンマイに帰郷し、1962年に開いたのがシワカ・コマラパタイ伝統医学校。これが通称オールドメディシンで、『チェンマイ式タイマッサージ』発祥のタイマッサージスクールである。シントン氏は、ランナーの技をふんだんに盛り込んだタイマッサージのカリキュラムをここで教え始め、これが今日のチェンマイスタイルの元になっている。
 
シントン氏は技術を教え子達に惜しげもなく開放したので、オールドメディシンで学びキャリアを積んだマッサージ師たちがそれぞれ独立し、自分の学校を作った。それが、現在のITM、ロイクロ、ワンディ、ニマンヘミン等々のスクールである。チェンマイと言う狭い都市でいくつものスクールが乱立するようにったことが、チェンマイという都市がヒーリングタウンとして名を馳せたルーツなのである。それぞれのスクールは、その先生によっても若干のニュアンスの差こそあれ、基本的なスタイルはすべて同じなのである。
 
現在、オールドメディシンは、シントン氏の息子ワサン・チャイチャカン氏が引き続き、スクールと病院の経営をしてる。しかし、世界的な不況が経営を圧迫し、現在は外部から新しい経営人が入って、経営の合理化と病院のサービスの向上に努力しているようだ。
 
庶民の中で育ったランナー伝統医学をルーツとするチェンマイタイルのタイ古式マッサージは、自由で形式にとらわれない庶民のマッサージと言えるだろう。そして現在、チェンマイにあるスクールだから、全部のスクールがチェンマイ式を教えてるわけでない。チェンマイにも、ワットポーの分校があるように、バンコクスタイルを教えるスクールも半分くらいは存在しているから、スクール選びの際には注意が必要だ。
 
 
○タイ厚生省スタイル
1980年代頃から、タイ政府が産業振興と就業率向上を目指してタイマッサージの普及に努めている。実は「タイマッサージ暗黒の時代」があったからだ。日本と同じように、タイ国内でもタイマッサージを含む東洋医学が影をひそめた。この状況を覆したのが1978年のWHOの会議。その会議で、プライマリ・ヘルス・ケア(病気にならないための健康法)の重要性が宣言され、その流れで、副作用がなく、自然治癒力を高める代替療法としてのタイマッサージが注目されることになったのだ。その後1985年、大学や民間の有志によってタイ・マッサージ復興プロジェクトが結成された。その活動はタイ厚生省伝統医療開発局に引き継がれ、現在は国家資格化を図って整備を進めることで国益を確保したいと考えられたが、実情はあまり進んでいないという話をきくことが多い。厚生省、文部省、労働省、いくつかの大学が協力して標準化と普及活動を行っている。一般向けの短時間のセミナーや、800時間のプロ養成コースまで数多くの講習会が格安(あるいは無料)でタイの各地で開催されている。
 
日本では、千葉成田にあるワットパクナム寺院などで、この講習会が時折開かれているが、参加できるのはタイ国籍の在日タイ人のみなので、日本人は参加できない。2003年に行われた研修会場には、当時のタイ厚生大臣が来日して、タイ古式マッサージの素晴らしさを話したり、TTMA(特定非営利活動法人日本トラディショナルタイマッサージ協会)の理事長渡邊聡一郎氏も、日本におけるタイ古式マッサージの環境や状況を説明したりしている。
 
このタイ厚生省スタイルの特徴は、簡単で覚えやすいこと。母指のウォーキングで身体を流れるエネルギーライン(セン)を指圧していくのが中心だ。現代のタイ政府が推進する標準的なスタイルだけあって、すべて基本的なやり方が中心となっている。とにかく事故を起こさない安全で標準的なスタイルは基本中の基本である。
 
このスタイルで有名なのが、ピシット・ベンチャモンコンワリー氏だ。ピシット氏はタイ厚生省のタイマッサージ標準化会合や各地での講演会、大学教授との交流、タイマッサージ関連書籍の監修など多方面で活躍している人物である。ピシット氏は、タイ厚生省スタイルには盛り込まなかった細かいこだわりを集大成して、ピシットスタイルベーシックマッサージを完成させたようだ。ピシットスタイルは、手技の連続性と流れを重視し、指圧や手掌圧を行っているときも相手から手が離れることがないように、呼吸を意識しながらタイ厚生省スタイルを進化させたこだわりのピシットスタイルを指導しているようだ。
 
 
○タイ王宮スタイル(ロイヤルマッサージ)
ロイヤルマッサージは、ラーチャサムナックと呼ばれる宮廷のマッサージであり、下の者が上の者に施す施術として、その作法や施術姿勢の形式が重要視されるスタイル。跨いではいけないとか、踏みつけてはならないとか、礼儀作法がとにかく重んじられる。ツボ押しを中心とする医療系マッサージ法だが、施術者はクライアントに対してなるべく離れて施術を行い、触れる部分はなるべく最小限に留めるようになっていて、タイ古式マッサージの大胆なストレッチ技は皆無に等しい。
 
 
○ジャップセンスタイル

ジャップセンというタイマッサージの技術がある。指をクリッとはじくように動かして刺激を与える手法だ。ナーヴタッチとも言われる。エネルギーライン、指圧ポイント、筋肉、腱、靭帯、神経などをはじくように刺激するので、痛い。痛いけど、すごく効く。終わった後にすっきりするのが特徴だ。治療系のマッサージでは強く筋肉に刺激を与えられる優れた手法だ。決してリラクゼーションを目的としたサロンで用いないでほしい。客が激減する可能性が大きい。

 

有名なのは、チェンマイにあるナーヴタッチのレックチャイヤ氏(通称:ママレック)。吾輩はとても好きな施術だ。吾輩の紹介でチェンマイまでレックチャイヤ氏の施術を受けに行ったが、痛すぎて90分間我慢できずに途中退出したそうだ。レックチャイヤ氏自身は、2010年に雨の日に道路で転倒し、マッサージは控えるように医師から言われて引退したが、残念ながら2013年4月あの世に召され、伝説となった。

 
レックチャイア氏のスクールでは、チェンマイスタイルをベースにした指圧やストレッチが中心で、そこにジャップセンがミックスされた形となっている。どこもかしこもジャップセンで行うというわけではない。ママレックの元の旦那はアメリカ人でその長男マユーが現在社長を務めているが、アメリカで俳優をやっていた経験があるほど英語が話せるので、英語が得意な方にはおすすめのスクールだ。次男はマッサージを担当していて、母親から受け継いだその技術は今も健在である。
 
他にもジャップセンの有名な先生としては、バーンニットタイマッサージスクールのバーンニット先生(通称:ママニット)やNBSチェンマイのメーカーロン先生も有名だ。
 
 
○TTMAスタイル
TTMAとは、Traditional Thai Massage Associationの略で、日本から世界に向けてタイ古式マッサージの素晴らしさを伝えようと2000年に始まった民間団体・日本トラディショナルタイマッサージ協会のこと。現在はNPO法人としてボランティア活動、タイ古式マッサージプロ資格の発行、セラピストの保護活動などを行っている。
 
同じように協会を名乗る団体に日本タイマッサージ協会(代表:大槻 一博氏)があるが、こちらは、NPOではなく、書籍の出版やスクール経営などを行う団体なので、全く違うもの。とても名前が似ているので注意して区別したい。大槻氏はこれ以外にも、日本ルースィーダットン協会、太極治療院、体流法武術協会など、いろいろな協会を作るのが得意で、どの団体においても彼が会長なのだ。あん摩・指圧・マッサージ師、はり師、きゅう師の国家資格を取得したビジネスマンとして尊敬に値する。
 
話を戻すが、TTMAの活動は、日本におけるタイ古式マッサージの普及に貢献した実績は大きい。バンコクスタイルやチェンマイスタイル、タイ厚生省スタイル、ジャップセンスタイルなど、すべてのスタイルを認め、タイ王国大使館と共に普及活動を行ってきた由緒正しい団体である。その団体が、新たなスタイルとして打ち出したのが、TTMAスタイルだ。
 
特徴は、とにかくアクロバティックなこと。ストレッチがどこまでも連続して見る者をくぎ付けにするほどやばい。呼吸は腹式呼吸で深く落ち着いた呼吸のまま、クライアントにのっかったり、ひっくり返したりする。母指や手掌も使うが、肘や膝、足などを多用して鋭い刺激をクライアントに与えたりする。そうかと思えば、マットを水面に例えて、全く水面が動かないくらいの静寂の中で氣(エネルギー)を送ってコリを小さくしてみたりと、胡散臭い一面もある。TTMAスタイルと一口に言っても、その幅はとても広く、すごく優しかったり、我慢できないほど痛かったり、説明するのが難しい。順番にはこだわらず、気持ちを集中して感覚的に動くのがよいとされているが、実際のところ、素人にはかなり難しそうだ。
 
TTMAの代表、渡邊聡一郎氏は、TTMAが行ってきたタイ古式マッサージによる治療的臨床経験をもとに、長年の研究の末にこの独自のスタイルを作り上げたらしく、「タイ古式マッサージによる治療」を実践して多くの実績を上げている。TTMAスタイルは、その弟子たちが日本各地で活動していて、タイ古式マッサージでダイエットを成功させたり、国指定の難病にかかったクライアントの症状を緩和したり、終末医療としてタイ古式マッサージを実践したりと、タイ古式マッサージを通して多くの治療結果を残している。
 
初めてTTMAスタイルを受けたタイ人セラピストいわく、「なんだこのマッサージは?こんなマッサージ受けたことないな!ものすごいな、これ!これタイマッサージなのか?」という感想。まだまだ新しいTTMAスタイルだが、治療実績を上げているところから判断すると今一番注目すべきスタイルなのかもしれない。TTMAは日本各地に公認スクールを構えているが、その一部のスクールでしかTTMAスタイルは学べないのが残念だ。今も日本ヌアボーランスクールでは渡邊氏自身が指導に当たることも多いようだ。
 
 
○スコータイスタイル
スコータイスタイルは、カンタノー・パラウェド氏(1956年生まれ)の提唱するスタイル。スコータイ県出身の彼は、公務員、船の料理人、大型トラック運転手、看護士、ムエタイ選手、日雇い現場労働者、魚解体業、兵役時代の戦争体験(カンボジア内紛の援軍として)から、出家僧侶の経験まで幅広い。暮らした国はタイ、シンガポール、マレーシア、台湾、クウェート、サウジアラビア、コンゴ共和国、日本まで、世界をよく知る人物だ。
 
2006年以降、都内にある大手スクール「日本ヌアボーランスクール」や「Thai Culture Club」などで、タイ古式マッサージ講師を務め、明るくフレンドリーで前向きな性格と、その楽しい授業が人気を呼んだ。2008年には、「日本ヌアボーランスクール」のバックボーンであるTTMA(特定非営利活動法人日本トラディショナルタイマッサージ協会)の渡邊氏とTV番組「笑っていいとも!」に出演し、お笑い芸人ゴリさんや劇団ひとりさん、スマップ香取さんなどを相手に、タイ古式マッサージを披露し、スコータイスタイルを披露した。スコータイスタイルは、とにかく痛い。お笑い系番組にはもってこいだった。
 
スコータイスタイルは、痛いだけじゃなく効果も発揮した。「メスを使わない手術」との異名を持つほど、深く突き刺すこともあるが、数分後には辛かった痛みが消えてなくなるのだ。とにかくハードでパワフルなテクニックの集大成と言えよう。
 
 
○ピシェットスタイル
ピシェット氏は、チェンマイスタイルの大元であるオールドメディシンホスピタルでベーシックスタイルを教えていた人物。手や指を主に使うスタイルに限界を感じて独立した。バンコクスタイル、チェンマイスタイルとも手や指を使う手技が大半で、どんなに楽な体勢を取っても姿勢の悪さからくる腰への負担がぬぐいきれない。足やヒザを使うことで、腰への負担が少ないのが特徴。ピシェットスタイルは持続圧、浸透圧が基本だが、何処に対してアプローチするかが肝心だと言い続けている。それだけではない。彼は言葉が通じない相手の不良な箇所を感覚的に見抜く能力を持っている。何も伝えなくてもわかってしまうのだ。このあたりがピシェットのカリスマ性を高めている所以だ。
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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